2007年05月25日

工業科の美学

工場・ダム・団地に萌えるのはいいのだが‥

 火曜日だったか、朝のテレビをみていたら、工場・ダム・団地オタクのことが紹介されていた。小倉智昭の8チャンネルだが、取材で三題話のようだが、まとめて取材していた。廃墟がブームになって次はここらへんに来るかな、と思っていたら、読売新聞の夕刊にも似たような記事が掲載されている。

 子供のころから工場見学は好きで、いつもわくわくしていた。複雑な配管や巨大な施設や機械などにあこがれを持っていた。

 生活感のない無骨で殺風景な世界が好ましいものだった。

 その後、工場勤務を経験した。川崎の岸壁にある工場群に通う生活を一年半ほど過ごした。そこでは品質管理の仕事が主で、日勤と夜勤をくりかえすローテーションをおこなっていた。その工場での関心は部品やエレベータなど具体的な機械について気になっていた。今思えばフェティシズムなのかもしれない。

 実は仕事のメインとなる集中室(管理室)は複雑な計器やコントロールする機械があるのだが、そこにはまったく興味がもてなかった。もちろん計器や操作する機械などがあるので、そちらのほうに興味がある人もいるのだろうが、かたちとしてつまらないのと、たとえばレバーを押すとクレーンが下がるなど、露骨に結果がみえるようなシステムではないのおもしろくない。操作が具体的に反映したものがみえないといやなのである。

 工場が好きとはいっても、あくまで部分であったり、建物のかたちや機能的なシステムデザインなどあくまで生産拠点として特化された場所という問題だ。

 そういえば、工場ではたらいているとき夜勤務めの終わりごろ、ふと窓の外をみると、きれいな朝焼けが見えたことがあった。水平線から赤いグラデーションがひろがり、だんだんと暗い闇に移っていく、それがものすごくきれいだった。そのときは猛烈に感動した記憶がある。ただし、その感動を味わおうと何度か朝焼けの時間帯に外をながめるのだが、なぜか、さほど感動しなかったし、きれいでもなかった。それが理由ではないが、ほどなく工場務めをやめてしまった。 

 その後東京へうつってだいぶたってからだが川崎・鶴見の工場群付近をぶらついたりした。あまりいいと感じなくなっていたが、モダンで無機的すぎる、かっこいい工場が増えたせいかもしれない。ハイテックというモダンインテリアのデザインスタイル(最新の工業技術製品であることを強調するような形式)もはやっていた時期だったかな。
 
 巨大建造物と団地は多少は事情がちがうようだ。

 団地はどちらかというと、コンパートメントされた生活スタイルがいいと感じたり、機能的な生活単位の究極のありかただと思うので、それに関心が向かうのだろう。

 個人的に団地のよさとは、最近のマンションのような巨大化に向かわず、5階立てくらいのほどほどの高さで、ゆったりと緑の空き地をとっているのがいいのだ。一種公園のなかに集合住宅があるような雰囲気だが、それが都市生活のなかでは、ぜいたくな空間を確保しているといえよう。これは実は旧ソビエト連邦の地方都市や各共和国などの都市の典型的な住宅なのである。社会主義政権での労働者住宅の基本的住まい。それが団地といわれている正体だと思う。

話を戻すと、機械の機能美など人工的なものに対しての美意識は20世紀、1920年代ででてきたものだ。イタリアの未来派などは文明そのものを賛美していた。そこからロシアの構成派なども工業製品、生産を重視して、機械や工場などを美的なものとしてみていた。

 日本でも新感覚派と呼ばれる芸術潮流が都市や機械などモダンな風俗のなかに美的価値を見出していた。また美術評論でも「機械美学」(板垣鷹穂)という概念が提唱されていた。当時の写真雑誌『光画』の人々や「新興写真」の写真家たちに影響をあたえていて、たとえば堀野正雄の写真集『カメラ・眼×鉄・構成』(1932年)では船や鉄橋、ガスタンク、機関車などを対象として撮影されたものだ。これは「機械的建造物の写真的表現」の典型だろう。
posted by mado at 16:32| Comment(0) | 巨大建造物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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